[Column] 平野啓一郎今や「近くて近い国」 |韓国
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2012年04月11日更新

去年の夏頃、仕事でミャンマーの地方に赴いた知人から聞いた話。電気と言えば、どこかのNGOが設置していった小型のソーラーパネルくらいしかない田舎の村で、皆が昼間からたった一台のテレビに齧(かじ)り付いている。何かと覗いてみると、韓流ドラマだった。
彼らは、ドラマを通じて韓国の豊かな生活に魅了され、いつか登場人物たちのように、サムスンのテレビを買い、LGのケータイ電話を使用し、現代の車を運転することを夢見ている。ソウルでの生活は、憧れの的である。残念ながら東京ではない。
冬に、私自身がシンガポールを訪れた時にも、現地の人から、音楽とドラマは完全に韓流で、日本のものでまだ人気があるのは、漫画とアニメだけだという話をされた。
そう言えば、それと前後して、ポーランドのワルシャワ郊外にあるショパン博物館に行ったのだが、生誕二百年を記念して改装された資料館のテレビモニターは、すべて韓国製だった。ホテルでも空港でも、今は海外で目にするのは、サムスンやLGばかりである。
韓国は、とにかく今勢いがある。が、10年前までは必ずしもそうではなかった。
私が初めてソウルに行ったのは、1999年、『日蝕』と『一月物語』が翻訳され、サイン会に招待された時だった。
とにかく、とんでもない数の読者が連日サイン会に来てくれ、私は鉛筆で描かれた肖像画だとか、私の顔写真をプリントしたクッションだとか、手製のプレゼントを山のように貰った。会場からレストランに移動する時には、タクシーをファンの車が追いかけてきて、運転手は、途中でルート変更したり、分岐点でフェイントを掛けたりしていた。私は感激しつつ、目を丸くしていた。芥川賞受賞後、日本でも騒動に巻き込まれたが、ソウルでの熱気はちょっとまた違っていた。






