スペシャル寄稿
石井ゆかり「あかりとり」Web編 其の一
「魅力の条件」
2012年02月09日更新
illustration: 松倉香子
Webでも掲載されることになりました「あかりとり」、たくさんのご好評を頂き、誠にありがとうございます! Webだと文字数の制限がないのでゆるゆるに行きたいと思います、どうぞよろしくおつきあい下さいませ。石井ゆかり
今回のお題は「魅力の条件」。
編集Fさんによれば
「人にはそれぞれの魅力があるなんていいますが、
やっぱり魅力の絶対量が多い気がする人と、
足りないというか少なそうな人というレッテルを張られやすい人が
いるような気がするのですが……」
とのことだった。
魅力。
魅力の「魅」という文字は、
鬼という文字と未という文字の組み合わせだ。
漢和辞典によると「鬼」は
「グロテスクな頭部を持つ人の象形で、たましいの意味を表す」とある。
死者の魂、幽霊、亡霊というのが元々の意味である。
一方「未」のほうは「はっきりしない」という意味だ。
ハッキリしない亡霊。
魅力とは元々、よくわからない、ちょっと怖いようなものであるらしい。
「あれっ、この人、よくわからないな」とか
「意外、そんな面があったのか!」など
人が人に引きつけられるときは
驚きや予想外の部分が強く作用しているような気がする。
これは手品にも似ていて
「どうやってやっているのかわからない」
という部分が、人を夢中にさせるわけだ。
魅力というのはたぶん
「全部は見えていない」
「手に入らない」
「手が届かない」
「はっきりわからない」
というところに生まれる力なのではないだろうか。
であるならば
魅力をつくるのは、結構簡単かもしれない。
要は
「種や仕掛け」を、手間暇かけて創り出せばいいのである。
「わかりやすさ」「前向きさ」「明るさ」などがもてはやされる昨今だが
魅力とは、その正反対のベクトルにある。
とするならば
魅力が欲しい場合、
「わかりにくさ」「後ろ向きさ」「暗さ」などを
身につけてみればいいのではないだろうか。
例えば、何か一つのテーマを深くつっこんで勉強したり考えたりしてみる。
あるいは、ファッションやメイクなどについて
部分的に、誰にもマネの出来ないような細工を施してみる。
さらには、絶対に話さない秘密をつくるとか、
過去の体験について徹底的に考え抜くとか
一人だけで過ごす時間を確保するとか
そんなことをやってみるのである。
誰も読まないような本を読んだり
誰もやらなさそうなことを習ったり
誰も行かないような場所に行ったりするのである。
流行やトレンドから、全速力で遠ざかってみるのである。
そしてそのあと、
なにくわぬ顔で、日常生活に舞い戻る。
そのとき、その人には
「得体の知れなさ」
が、くっついている。
なんだかワカンナイから、もっと知りたい
という空気をまとった人になっている。
「今しか手に入りません」
「この商品には特別なオプションがついていて…」
「これ、ちょっと普通の○○とは違うんですよ」
などのうたい文句に、人は弱い。
「これしかない」というものは、強い魅力を発する。
そこには魔法がかかっているのである。
その魔法に、人は陶酔する。
それが魅力である。多分。
「私っておかしいのかしら」
「普通の幸せが欲しい」
「みんなと同じになりたい」
などと思ってしまっている段階では
得体の知れない、人を引きつける魔力を手に入れる、ということからは
多分、完全に遠ざかってしまっている。
さらに、人と違っているだけではダメで
その「違い」が、一見して理解は出来ないような深みをもっていないといけないのだ。
魅力の「未」は、「よくわからない」であるから
見えている部分は氷山の一角で
その下に、膨大な時間なり考え抜かれた思想なり想いなりが
隠れていなければならないのである。
物理的な美しさと「魅力」がほとんど関係がないのは
超のつく人気アイドルが決して「正当派美人」ではないことを見れば
よくわかる。
更に言えば
「魅力」には色々な種類があって
ハッキリ言って女だというだけでも
男性から見れば、不可解であり、従って、魅力的だったりするわけだ。
自分では自分の「魅力」について
よくわかったりはしないものなんだろうと思う。
なぜなら、自分に取って自分は当たり前すぎる存在で
「よくわからないところ」なんてないような感じがするからである。
自分が何かを、あるいは自分の中の何らかの部分を
徹底的に知り抜こうとしたときに初めて
人間としての不思議な魅力が、ふわっと出てくるのではないかと思う。
この人って、レア
という感じがにじみ出たとき
その人は既に、いろんな人を引きつけているだろうと思う。
魅力とは「簡単にはわからせない力」なのだ。多分。
「私のこと全部解ってほしい」
と思ってしまったら
魅力が少し、薄まってしまうのかもしれない。
「お前に一体、私のなにがわかる!」
くらいの反骨精神があれば
そこにはすでに、ひとつの魅力が生まれている、はずである。多分。
編集Fさんによれば
「人にはそれぞれの魅力があるなんていいますが、
やっぱり魅力の絶対量が多い気がする人と、
足りないというか少なそうな人というレッテルを張られやすい人が
いるような気がするのですが……」
とのことだった。
魅力。
魅力の「魅」という文字は、
鬼という文字と未という文字の組み合わせだ。
漢和辞典によると「鬼」は
「グロテスクな頭部を持つ人の象形で、たましいの意味を表す」とある。
死者の魂、幽霊、亡霊というのが元々の意味である。
一方「未」のほうは「はっきりしない」という意味だ。
ハッキリしない亡霊。
魅力とは元々、よくわからない、ちょっと怖いようなものであるらしい。
「あれっ、この人、よくわからないな」とか
「意外、そんな面があったのか!」など
人が人に引きつけられるときは
驚きや予想外の部分が強く作用しているような気がする。
これは手品にも似ていて
「どうやってやっているのかわからない」
という部分が、人を夢中にさせるわけだ。
魅力というのはたぶん
「全部は見えていない」
「手に入らない」
「手が届かない」
「はっきりわからない」
というところに生まれる力なのではないだろうか。
であるならば
魅力をつくるのは、結構簡単かもしれない。
要は
「種や仕掛け」を、手間暇かけて創り出せばいいのである。
「わかりやすさ」「前向きさ」「明るさ」などがもてはやされる昨今だが
魅力とは、その正反対のベクトルにある。
とするならば
魅力が欲しい場合、
「わかりにくさ」「後ろ向きさ」「暗さ」などを
身につけてみればいいのではないだろうか。
例えば、何か一つのテーマを深くつっこんで勉強したり考えたりしてみる。
あるいは、ファッションやメイクなどについて
部分的に、誰にもマネの出来ないような細工を施してみる。
さらには、絶対に話さない秘密をつくるとか、
過去の体験について徹底的に考え抜くとか
一人だけで過ごす時間を確保するとか
そんなことをやってみるのである。
誰も読まないような本を読んだり
誰もやらなさそうなことを習ったり
誰も行かないような場所に行ったりするのである。
流行やトレンドから、全速力で遠ざかってみるのである。
そしてそのあと、
なにくわぬ顔で、日常生活に舞い戻る。
そのとき、その人には
「得体の知れなさ」
が、くっついている。
なんだかワカンナイから、もっと知りたい
という空気をまとった人になっている。
「今しか手に入りません」
「この商品には特別なオプションがついていて…」
「これ、ちょっと普通の○○とは違うんですよ」
などのうたい文句に、人は弱い。
「これしかない」というものは、強い魅力を発する。
そこには魔法がかかっているのである。
その魔法に、人は陶酔する。
それが魅力である。多分。
「私っておかしいのかしら」
「普通の幸せが欲しい」
「みんなと同じになりたい」
などと思ってしまっている段階では
得体の知れない、人を引きつける魔力を手に入れる、ということからは
多分、完全に遠ざかってしまっている。
さらに、人と違っているだけではダメで
その「違い」が、一見して理解は出来ないような深みをもっていないといけないのだ。
魅力の「未」は、「よくわからない」であるから
見えている部分は氷山の一角で
その下に、膨大な時間なり考え抜かれた思想なり想いなりが
隠れていなければならないのである。
物理的な美しさと「魅力」がほとんど関係がないのは
超のつく人気アイドルが決して「正当派美人」ではないことを見れば
よくわかる。
更に言えば
「魅力」には色々な種類があって
ハッキリ言って女だというだけでも
男性から見れば、不可解であり、従って、魅力的だったりするわけだ。
自分では自分の「魅力」について
よくわかったりはしないものなんだろうと思う。
なぜなら、自分に取って自分は当たり前すぎる存在で
「よくわからないところ」なんてないような感じがするからである。
自分が何かを、あるいは自分の中の何らかの部分を
徹底的に知り抜こうとしたときに初めて
人間としての不思議な魅力が、ふわっと出てくるのではないかと思う。
この人って、レア
という感じがにじみ出たとき
その人は既に、いろんな人を引きつけているだろうと思う。
魅力とは「簡単にはわからせない力」なのだ。多分。
「私のこと全部解ってほしい」
と思ってしまったら
魅力が少し、薄まってしまうのかもしれない。
「お前に一体、私のなにがわかる!」
くらいの反骨精神があれば
そこにはすでに、ひとつの魅力が生まれている、はずである。多分。
石井ゆかり Yukari Ishii
星占いサイト「筋トレ」主催。誌的な文体で読者を魅了し、雑誌や携帯コンテンツなどの執筆をはじめ、占い以外のエッセイなどでも活躍の場を広げている。著書に『12星座』、『愛する人に。』『星なしでラブレターを』ほか。http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/






